汐田医院様のこちらの企画に参加致しました。
http://privatter.net/p/717098

「同一の文体をそれぞれが自分の文体で書き起こそう」という企画です。


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L系統は県外から高速を使い空港へ向かう長距離区間用のバスで、S系統はそれより短い区間、首都エリアに入ってから目的地を同じく空港までのショートコースを走る。
終着地点が空港ということもあってか元々通勤や通学よりは、帰省や旅行者に使われるバスなのだった。午前11時30分、休日の朝を少しのんびりと過ごしてしまってようやくこの時間にバスに乗った……車内はそんな怠惰で急がない乗客で混みあっていた。

あの荷物はこれから帰るところだろうか、それともどこかへ行くところだろうか、周囲の人々の行き先をぼんやりと思いやっている金城は今年で24歳になる。実家は千葉の市川のあたりにあったが、静岡の大学を卒業してそのまま住まいの近くに仕事を決めたので今もそちらの方に住んでいる。
学生の時分に慣れ親しんだロードバイクは今も彼のライフワークで、勤めに出てからも休日は山沿いの舗装路を何十キロも走るものだから、ただの会社員にしては体格が良い。
気遣わしげに腕時計を確認した金城の肩甲骨の動きに合わせて、シャツの背中がピンと張った。いささか彼にはキツいのかもしれない。見れば襟元のボタンも一つ外している。

「時間通りに駅に着くと思うか?間に合わなかったら笑い話じゃ済まないな……。」

笑い話では、と言う割に十分笑いを滲ませて金城は隣を振り返った。頭髪を眩しいくらいの金髪に染めた若い男が憮然とした顔で応えていた。

「自業自得だろう。」

若い、といったが齢でいえばこの金髪の男も金城と変わりない。ただ隣に立つ金城が老成して見えるのと、引き結んだ唇を少し付き出すような、どこか拗ねた子供のような表情をしているのが実際より彼を幼くしていた。

「間に合わなかったら、どうだ。このままお前とどこか行ってしまおうか。」
「馬鹿。」

少しばかり目を細めて可笑しそうに金城が言い、連れの男は辛辣に言い捨てた。けれど結んだ口許が少し緩んで、悪く思っているわけではないのが見てとれた。
しばらくしてバスが停車し、目の前の席がひとつ空いたがふたり並びあったままどちらも動かなかった。


男の見送りがあったのは空港までで、2時間後の静岡駅には金城はひとりで降りた。
駅前のロータリーには友人が迎えの車を付けてくれたいたが、金城を一目見るなり舌打ちをした。

「タキシードってのは首まで隠れんだろうなァ」

短い黒髪を掻きむしって、忌々しげな手振りで指先が胸元に突きつけられる。

「たァく、明日嫁さんもらう男が前の女とヤり収め旅行とはよ!なぁ、ボタン閉めとけよ。気ィ遣うぜ、ったくよォ……。」


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(元文)
S系統のバスのなか、混雑する時間。ニット帽をかぶった二十歳過ぎぐらいの男、帽子の端には小さな蛇の刺繍が入っている。スポーツをしているのか体格は良い。客が乗り降りする。隣に立っている金髪の男に何かを囁く。金髪の男はそれを咎める。辛辣な声を出そうとしているが、どこか甘えたような口調。目の前の席があくが二人とも座らない。
 二時間後、静岡駅の新幹線改札口前で、その男をまた見かける。連れの男(先程とは違う黒い髪の男である)が彼に、シャツのボタンを付けるよう言っている。男の胸元を指差し、その理由を説明する。
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