双子のクダリは鏡のようにわたくしにそっくりなのでございます。わたくしはこの鏡を愛しておりました。姿かたちのよく似た双子の弟は、心根ばかりはわたくしに似ず無垢で幼く、わたくしには大層好ましく映りました。語彙の拙い弟が「せかいでいちばんノボリが好き」と屈託なく口にするところなどそれは愛らしくわたくしの幸福を誘うのでございます。
それで、いつごろか身に付けてしまった習いですが、わたくしにはこの片割れに毎日繰り返す訊ねがございました。
「あなたが世界で一番愛しているのはどなたです?」
物欲しげに聞こえると心得ておりますが、日ごとわたくしはわたくしの愛する鏡にこの問いを繰り返さずには居られませんでした。するとクダリは決まって、こう答えるのでございます。
「ぼくはね、いちばん、ノボリが好き」
わたくしはそれを聞くとようやくほっとした心地になりまして、一日穏やかに過ごすことができるのでございます。
そんな毎日を十何年続けてきたでしょうか。ある日の晩、わたくしがいつものようにクダリに件の問いを投げ掛けますと、クダリの答えはいつもと同じではなかったのでございます。
「ぼくはね、ノボリが好き。だけど今日はね、電車に乗ったバトルの強いあの子が魅力的。ぼくね、はじめて負けちゃった」
わたくしは途端に足元が崩れるような心許ない心地になりまして、そのまま倒れてしまわぬよう傍らのテーブルの端を強く掴みました。
白く血の気の引く指先とは真反対にわたくしをどす黒い嫉妬の心が包みました。わたくし、世界で一番クダリに愛される身であることが心の支えですのに。クダリはいたって無邪気な様子で、如何に心の弾むバトルができたか語って聞かせてくれました。それが思いだすだに興奮するのか、薄赤く頬を火照らせてさえいるのでございます。
「きっと明日はシングルに乗るよ。すっごく強いからノボリも会える」
かわいい子だよ、と言ってクダリは満面の笑みをわたくしに向けました。それでわたくし、それは是非ともお会いしなければと答えたのでございます。そこまでが昨晩のことでございます。
「あなたの言ってたお嬢さん、お会いできましたよ」
翌日、クダリが帰宅したときわたくしは晩の食事に最後の仕上げをしていました。キッチン越しに声をかけるとクダリはぱっと顔を輝かせて歩み寄ってきました。
「どうだった?」
同じ顔立ちでどうしてこうも無邪気に笑うことが出来るものでしょうか。わたくしは眩しく思いながらクダリを見遣り微笑みました。
「ええ、それはお強く美しかった!」
「ほんとうに!また会えるかな?」
クダリはわたくしの同意を得られたことに一層嬉しそうに手を叩きました。
「次はマルチに乗るかな?それともスーパーダブル?シングル?どこで会えてもぼくうれしい…」
「いいえ、これが最後になるでしょう。」
残念ながら、とわたくしがそう言って今しがた焼けたばかりのソテーを白いお皿に乗せてクダリの前に差し出すとクダリの目は不思議そうに皿の上に注がれました。赤い血が滴るほど新鮮なレバーは食欲を誘う良い匂いをさせておりましたが惜しいことにあまり日持ちがしないのでございます。
しばらくの沈黙がございました。
「…ノボリ、内臓とか苦手、でしょ?」
「ですが少女の新鮮な肝臓は格別なそうでございます。」
「トウコ、レバーになっちゃったの!」
驚いたクダリの顔のかわいかったこと。
これが今宵の夕食にレバーが出るに到った顛末でございます。
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