断っておくけど、もしも途中で笑ったりしたらもう話さないわ。聞いてね。私、小さい頃はおばけが見えてたわ。そうね、おかしな顔をしないでくれてるみたいだからもう少し続けてあげる。

 それが見えてたのは本当に昔のことで、あのときはまだ家に父さんがいることも多かった気がするわ。ママは私が怖がりだからおかしなものが見えるんだって 言ったの。子供の頃ってそうよね。カーテンの影とか天井の染みが意味もなく怖かったりするものだわ。私もそう思ってた。現に私が大人(19歳って立派な大人だわ)になるころには、おばけ、って私は呼んでたけど、それはいつのまにかもう全然見かけなくなっていたもの。

 それが最近になってもう一度見えるようになったのよ。驚くじゃない。見かけたのは、刑務所の面会室の中だったわ。そう、父さんが私に会いにきたときよ。 子供のころに見た姿のままで、退屈そうに壁に凭れていたわ。それで私気付いたのよ。おばけは見えなくなってしまったんじゃないの。ずっと父さんに付いてい たんだわって。
 でも私、父さんに一度も「それはなに?」って聞けなかった。私たち出会ってからずっと、とっても忙しかったの。聞かないままふたりで死んでしまったわ。

 父さんの身体が海に浮いたとき、それは近づいてきたわ。チェーンの長い赤いピアスがすごく可愛いの、私はじめて気付いたわ。おばけを見るとき、いつも私はすぐに目線を逸らすようにしていたから。だって怖かったのよ。抉れたみたいにお腹に大きな穴の空いた男の子。そうだったわ。穴の向こうに海が見えた。その子が父さんに近づいてきて言ったのよ。

「承太郎」

 とっても愛情深い声だった。私嫉妬したわ。私の父さんをそんな風に呼ぶのってないわ。私、死んでしまったけど、今でもとても気になるのよ。
 ねぇ、父さん。その子は誰なの。

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