小野田が病室を訪れたとき、真波は彼の取り巻きの女の子たちによって持ち込まれた花やぬいぐるみに埋もれるようにして眠っていた。足の裏のところに『はやくよくなってね』と丸みを帯びた文字でメッセージの書かれた栗毛のくまのぬいぐるみに、真波は片頬を寄せるようにしている。白い部屋は少し饐えた臭いがして小野田はそっと忍び足で歩いて行って窓を開けてやった。病気というのはよく分からない。この間まであんなに楽しそうにペダルを漕いでいたのに。
寝息を立てる真波の手には携帯ゲーム機が電源の入ったまま握られていて、遊んでいる途中で寝てしまったらしかった。風に波打つ草原のグラフィックが、ただじっと画面に映っている。

「…坂道くん?」

 やがてまだ半分眠りに沈んでいるような声で真波が小野田を呼んだ。窓を開けたことで部屋に流れ込んだ風が真波を起こしたのかもしれない。ごめんね。寝てたのに、邪魔しちゃった。小野田は少しうろたえた様にそう言うと、開け放した窓をどうしようか手を右往左往し、結局はそのままにした。窓辺からはぬるまった心地よい風が、小野田がいましがたやってきた廊下を目指して流れていく。

「…ううん、いいよ。とっても退屈だったから。」

 上体を起こすと真波は首を伸ばして、くんと風を嗅ぐようにした。眠たそうではあるが穏やかな真波の様子にほっとして小野田も話しかけることができた。

「具合はどうなの、真波くん。」
「うん、こうして寝てればね。痛くも苦しくもない。」

 苦しくない、と聞いて小野田はよかったと相槌を打ったが真波は浮かない様子だった。軽率だったろうか。本当は具合の悪いのを堪えていて、余計な心配をさせまいと気を遣ってそんな風にいったのかもしれない。そう思って小野田が少し焦りはじめたところで、ようやく口を開く。
 生きてるって感じがしないよ。
きょとんとする小野田を置き去りに真波は喋り続けた。

「苦しい方が好きだな。酸欠で苦しくって、こめかみのところで血管がどくどく言うのが分かるんだ。生きてるって実感する。」
「そ、そう、なんだ…。」
「…しめて。」

 突然真波が言ったので、小野田はぎょっとした。パジャマの襟首を広げる真波は明らかに自分の首を示していたし、白い首にはもう既に誰か、言うことを聞いてやったような痕があった。小野田は真波の交友について詳しくない。けれど、ベッドの上にはたくさんのお見舞いの品があった。こうして訪ねてくる人間すべてにねだるのだろうか。生きている気がしないから。

 しばらくの沈黙ののち、小野田は真波の言うことがまるで分からなかったというふりをして「寒いよね」と笑い、それからそっと窓の方を閉めた。
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