とある地方…豊後でも備前でも構いません。あるいは山城、とにかくそんなところに配属された審神者の私は一目見たときから石切丸さんに並ならぬ情欲を抱いていたのでした。
 石切丸さん、刀をそんな風に呼ぶのはおかしいでしょうか。ですが私は、彼の仮姿にあまりに心を奪われすぎました。あれこそ私の理想の男。そう思えばもう他の有象無象と同じように彼を呼び捨てることができなかったのです。物腰の柔らかで一際大人びた彼を、私は愛情をこめて「石切丸さん」あるいは「石切丸先生」と呼んでいました。

 先生と交接を結んだのは、卯月のことです。ええ、私がこの地に赴任をしたのが年明けの頃でしたから四月程は我慢をしたのです。節操がなかったのは他の刀たちです。人の身を得た途端に、彼らは浅ましい猿真似をして、いつしか、人であれば性交とでも呼ぶべきまじわいをするようになったのです。
そんなにも人として過ごす世は退屈でしょうか。でもこれは他に娯楽を持ちこまなかった私の、審神者としての配慮が足らなかったということなのかもしれません。その件については定例の会議の折りにでも、他の任地の審神者に恥を忍んで訊ねてみようかと思います。
 さて、許せないのはあの脇差。いいえ、太刀にも打刀にも先生と枕を交わしたものがいたようです。石切丸先生はもののよくわかった大人の方でいらっしゃるから、社交の範囲で彼らの誘いを受けておられたようです。あくまで優しい方なのです。
 悔しい思いを、しました。彼らに人の身を与えたのは私であるというのに、その私だけが節制を保たねばならぬとはどういうわけでしょうか。私は晩にも先生のもとへ急ぎました。
もちろん恥じらいもためらいもありました。私が彼ら、刀剣らに命を下せるのは職務の為でありましたから、こういうことを口にするのは職権の乱用というように思えたのです。
ですが、石切丸さんは優しい人でした。おおらかな笑みを浮かべて、そして少しいたずらっぽくもある目を輝かせてこう言ったのです。

「どうなっても知らないよ。」

 恐ろしいことは翌朝にも起こりました。夜明けにかけ私は夢を見ていたのですが、その夢のなかで私はなにか大勢の影に取り囲まれていて、それらがかわるがわる私の顔を覗きこんでなにか物を言うのでした。なにを言っていたのかはわかりません。しかしそれを聞いた途端、私は罰を待つ罪人のように震えだし、恐怖で息もできなくなったのです。……あれは人には聞けぬ言葉なのやもしれません。とにかくそのとき私はもう『やってはならないことをした、やってはならないことをした。』とそれを思うばかりで、ただただ汗を流し怯えておりました。
 そうしてただならぬ苦痛に私が目を覚ますと、もうじっともしておれぬ激痛が体中を走りまして両手の骨なんかは関節のひとつひとつで折れてぐにゃぐにゃの蛸のようなのでした。

「石切丸さん、石切丸さん」

 私は泣きそうになって呼びました。いえ、思い返せばあまりの痛みに得体も無く泣きじゃくっていたような気がします。石切丸さんは、落ち着いた様子で朝寝の布団から起き上がると私の背をさすってくれました。そうして眠たそうな目をして私に教えてくれたのです。

「ああ、それは神罰だろう。」

 私は唖然と致しました。この恐ろしい仕打ちが神剣を穢した罰。先晩、先生が『どうなってもしらないよ』と囁いたのはこれのことだったのかと。あとからよく聞けば、彼と交わったものはみな、例外なくこうした無残な姿で朝を迎えるのだそうです。ただ違ってしまったのは、私の身体は刀剣たちの仮姿とは違うということ。血と肉でできているということでした。

「そら、君も手入れ部屋にいってきた方がいい……審神者に…ああ、審神者は君だったね。治せるんだろう?」

 笑ってしまいました。どんなに賢げな成人の姿をしていても、所詮は知恵の持たない鉄くれだったもの。私の体が砥石や木炭でできているわけではないことを、先生はまるで思ってもみないのですから。
私が骨なし審神者とあだ名されているのはそういうわけです。

スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。