思えば昔からおかしな位、水に漬かりたがった。
水に入るのが大好きで、4月のプールに飛び込んで俺を困らせてた幼馴染のハル。学校のプールが使えるようになるまでは浴槽に水を張って何時間でもそこにいた。
その時点でもうおかしかったのかもしれない。でも本当に常軌を逸してきたのは最近のことだった。いや、時間をかけて進行してきた結果なのかもしれない。
高校を卒業してからはいつ訪ねていってもハルは浴槽の水の中にいるようになった。俺もハルも水泳部だったから、はじめは部活をやめてしまって寂しいんだな、ぐらいにしか思わなかった。あるとき俺がいつ来ても風呂から出てこないハルに焦れて、浴槽から引き上げるとハルは酷く苦しそうにもがき始めて切々と水を欲したのだ。畳の上を這うハルは魚のようだった。あっけにとられる俺を振り切って風呂場に駆け戻り、ほっとしたように水に頭を沈める姿なんて、特に。
そうして段々水の中にいることが増えていって二十歳を越えるころにはハルはもう10分と水から上がれなくなってしまった。
大学が終わるとハルの家に向かう。学校から最寄の駅まで歩いて10分、地元の駅までそこから電車を乗り継いで2時間半、かかる。途中のコンビニでお茶とお弁当を買って、またしばらく歩く。
日の暮れた道をずっと歩いていると冷えた空気に鼻の奥がつんと痛くなる。冬が近づいているんだ。
家に辿りつくと真っ先に浴室を目指した。玄関を開けたとき、水の跳ねる音を聞かなかったとしてもハルがここにいるのは分かっている。
「ハル、きたよ。」
声をかけながら覗き込む。タイル張りの浴室は痛いくらい冷えていた。ハルがひとりで住んでいる昔ながらの古い日本家屋には当然、浴室暖房なんて付いていない。
冷え切った風呂場の浴槽にやっぱり、ハルはいた。と言うか、もうしばらく、浴槽の外にいるハルを見ていない。
「ハル、寒いだろ。出ておいで。」
浴槽の縁に掴まるハルは前髪を重く濡らしながら黙って俺を見上げる。紫色の唇、寒さで歯がカタカタ震えているけど表情はない。もう殆ど人の姿を借りた魚みたいだった。
浴槽の栓を抜いて新しくお湯をはる。お湯の溜まるのを待つ間、ハルの冷えた身体をタオルでくるんでやっていたが、30cmも浴槽が満ちると乾いたように喉を動かして水中に戻りたがった。
「もう少しかかるから待とう、ハル。」
タオルから抜け出そうと身を捩るハルを無理やり後ろから押さえる。もうしばらく人肌で暖めてやりたかった。ハルの体はまだ冷たい。
追い炊き機能の付いた風呂釜にすればいくらかマシだろうか。だけど水場の工事は酷くお金がかかると聞いたような気もする。
それに結局それは根本的な解決には至らない。
しばらくして水面を見て思案しているとようやく体温を取り戻したかハルが口を開いた。ちっとも不思議なことじゃないのに、ハルが人の言葉で俺になにか言うのがまるでおかしなことみたいだった。
「20歳越えたらただの人だって、祖母ちゃんが」
「うん」
おかしなくらい水の中が好きなハル。泳ぎが上手いハル。最初から人間じゃないみたいだった。
「俺はいつ人の子になるんだろう。」
水に入るのが大好きで、4月のプールに飛び込んで俺を困らせてた幼馴染のハル。学校のプールが使えるようになるまでは浴槽に水を張って何時間でもそこにいた。
その時点でもうおかしかったのかもしれない。でも本当に常軌を逸してきたのは最近のことだった。いや、時間をかけて進行してきた結果なのかもしれない。
高校を卒業してからはいつ訪ねていってもハルは浴槽の水の中にいるようになった。俺もハルも水泳部だったから、はじめは部活をやめてしまって寂しいんだな、ぐらいにしか思わなかった。あるとき俺がいつ来ても風呂から出てこないハルに焦れて、浴槽から引き上げるとハルは酷く苦しそうにもがき始めて切々と水を欲したのだ。畳の上を這うハルは魚のようだった。あっけにとられる俺を振り切って風呂場に駆け戻り、ほっとしたように水に頭を沈める姿なんて、特に。
そうして段々水の中にいることが増えていって二十歳を越えるころにはハルはもう10分と水から上がれなくなってしまった。
大学が終わるとハルの家に向かう。学校から最寄の駅まで歩いて10分、地元の駅までそこから電車を乗り継いで2時間半、かかる。途中のコンビニでお茶とお弁当を買って、またしばらく歩く。
日の暮れた道をずっと歩いていると冷えた空気に鼻の奥がつんと痛くなる。冬が近づいているんだ。
家に辿りつくと真っ先に浴室を目指した。玄関を開けたとき、水の跳ねる音を聞かなかったとしてもハルがここにいるのは分かっている。
「ハル、きたよ。」
声をかけながら覗き込む。タイル張りの浴室は痛いくらい冷えていた。ハルがひとりで住んでいる昔ながらの古い日本家屋には当然、浴室暖房なんて付いていない。
冷え切った風呂場の浴槽にやっぱり、ハルはいた。と言うか、もうしばらく、浴槽の外にいるハルを見ていない。
「ハル、寒いだろ。出ておいで。」
浴槽の縁に掴まるハルは前髪を重く濡らしながら黙って俺を見上げる。紫色の唇、寒さで歯がカタカタ震えているけど表情はない。もう殆ど人の姿を借りた魚みたいだった。
浴槽の栓を抜いて新しくお湯をはる。お湯の溜まるのを待つ間、ハルの冷えた身体をタオルでくるんでやっていたが、30cmも浴槽が満ちると乾いたように喉を動かして水中に戻りたがった。
「もう少しかかるから待とう、ハル。」
タオルから抜け出そうと身を捩るハルを無理やり後ろから押さえる。もうしばらく人肌で暖めてやりたかった。ハルの体はまだ冷たい。
追い炊き機能の付いた風呂釜にすればいくらかマシだろうか。だけど水場の工事は酷くお金がかかると聞いたような気もする。
それに結局それは根本的な解決には至らない。
しばらくして水面を見て思案しているとようやく体温を取り戻したかハルが口を開いた。ちっとも不思議なことじゃないのに、ハルが人の言葉で俺になにか言うのがまるでおかしなことみたいだった。
「20歳越えたらただの人だって、祖母ちゃんが」
「うん」
おかしなくらい水の中が好きなハル。泳ぎが上手いハル。最初から人間じゃないみたいだった。
「俺はいつ人の子になるんだろう。」
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