お題:地獄死刑囚 制限時間:1時間


 生まれたときから同じ家で一緒に育ったノボリがあるとき急にいなくなってしまうから驚いた。
一緒の職場も来なくなって、電話が繋がらなくなって、僕はずいぶん途方にくれたけど今までが仲が良すぎたのかなとも思えた。僕たちはたったふたりきりの双子の兄弟だけど、生まれてから一度も離れたことがないよ、学校も仕事も一緒だよって言うと周りの人はやっぱりびっくりしていたから。

 今は午後三時。ノボリがテーブルの向かい側の席でコーヒーを冷ましている。
急に家からいなくなってしまったノボリは、それからは他人みたいに僕たちの家の扉を叩いて訪ねてきて、一緒にお茶を飲んでおしゃべりをしたらお客さんみたいに帰ってしまう。
 毎日かならず訪ねてくるから、この家が嫌になったんじゃないと思うけど、やっぱり距離を置きたかったのかな。そんなに遠くに住んでるわけじゃなさそうだけど。

 ノボリがどこからきてどこに帰るのか僕は知らない。
 
 そろそろ帰らねば、と言ってノボリがカップを置いた。シャンデラの絵が描かれたマグカップは、僕がお揃いでふたつ用意したもので、ノボリは「子供っぽい」と眉を顰めたけど大事に使ってくれている。どこか別なところに行ったなら、持っていってくれたってよかったのに。


「ノボリ、今どこに住んでいるの?」


 帰り際、扉に手をかけたノボリを引き止めて、僕が声をかけるとノボリはなんだか陰気な顔で僕を振り返った。ノボリの口がちっちゃく動いて独り言らしく、言っていませんでしたか、みたいなことを呟いた風だった。


「わたくし最近は地獄にいるのでございます。」
「…じごくに、いるの。」


 ノボリの言った意味があんまりよく分からなかったからぼくはそのまんま繰り返した。
じごくって?

 僕が銀色の針が敷き詰められた床を裸足で歩くノボリの姿を想像したりしていると、ノボリはなぜか薄っすら自慢げな顔ですっと背筋を伸ばした。後ろで手を組んで僕を見据える。


「いいですか、クダリ。わたくしは正しく生きてまいりました。死して罰を受けるような行いをしてきた覚えは今生、一度もございませんでした。それだけはどうか誤解なさらず、またあなたも同じように己の人生に誇りを持ち終焉を迎えられますよう、立派なサブウェイマスターとしてその名を残しますよう、わたくしは願っております。さて、」

 半分はいつものお説教だった。ノボリは僕になにか教えるときこんな風に背を伸ばしてお兄さんぶるから僕は一生懸命聴くときの顔をする。するとノボリの目が満足そうに微笑む。

「わたくしが今地獄におりますのは、やはり罪を犯したからなのでございますよ。せっかく真っ当に人生を歩みきったと言いますのに、死んでからはじめてわたくし、この世の道理に背いてしまいました。」

 おや、今何時でしょう、とノボリは急に言って腕時計を見た。ギアステーションで働き始めた、僕たちの最初の誕生日にふたりで贈り合った時計。僕の手首にも同じのが嵌ってるけど、ちらっと見えたところではノボリの時計の針は動いてないように感じた。

「…2分程、遅刻をしてしまったようでございます。罰としてきっと今日は10回は多く、死なねばならないでしょうね。」
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