お題:腐った瞳 制限時間:30分


「実は私、組頭からものを盗ったことがあるんですよ。」

と、諸泉はいつになく自慢げな様子でそう言った。雑渡が意外な顔をして瞬くとすぐ、しまった、とでも言うような顔をしたので本当は胸の内に隠しておこうと思っていたことらしい。言い訳するように「子供の自分の話です」と付け足した。

「聞き捨てならないじゃないか尊奈門。子供のお前が私から何を盗めたって?」

諸泉は正座の足をもぞもぞさせて居心地悪そうに黙っている。雑渡は見透かしたように鼻を鳴らして

「なにか、塵みたいなものを拾ったんだろう」
「まさか!もっと、すごいやつです。」

諸泉はむっとして、人のものを盗ったと白状しながらの態度ではないが、ふてくされた顔で雑渡を見上げた。歳の割りに幼い顔が余計に子供のようになる。
そんなに言うなら見せてごらんよと雑渡は言った。諸泉は疑わしげな目をしていたがやがてゆっくり口を開く。


「返せって言いませんか?」

 
 そういう勿体つけたやり取りを経て、諸泉が持ってきたのは何か黒ずんだよく分からないものだった。雑渡は首を傾げた。
恭しく取り出した守り袋の中から出てきたのは、丸っぽい、潰れたような固形がひとつ。諸泉が息を殺すようにそっとそれを手に乗せた様子から、大事に思っている様子が見て取れたが。

「それは?」

 もっとよく見ようとして雑渡は身を屈めて諸泉の手の中のものに顔を近づけた。片目の無い雑渡はあまり視力がよくないのだった。
そうしてよくよく手の中のものを覗き込んで訝しげな顔をした雑渡は、それから急にあっと声を上げた。
反射的に左の手で包帯に覆われた己の顔の半分を覆う。瀕死の重傷から目覚めたときにはもう失われていた雑渡の左半分の顔がその下にあるのだが。


「返せって、言わないですよね。」

心配げにのたまう諸泉の手の中で雑渡の左目がころんと転がった。
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